2022年12月02日

七日寝太郎(なのかねたろう)の伝説(でんせつ)

もうじき配布(はいふ)される広報誌(こうほうし)では、先祖祭(せんぞまつ)りをとりあげました。

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ナニモノが寝たのかわからないので、ぽわ〜っとしたキャラ?に。

三年(さんねん)寝太郎でなく、七日・・とゆ〜のが、ビミョ〜に現実味(げんじつみ)があって、ホンマに寝たんじゃなかろかexclamation&questionとか思(おも)うてしまいますが・・ ま゛〜七日も寝て餓死(がし)しそうなのに、そのあとアップダウンのキツイ、もちろん舗装(ほそう)もされてない道(みち)をダッシュで島(しま)を半周(はんしゅう)とか・・無理筋(むりすじ)。たらーっ(汗)

実際(じっさい)には、七日もズレてなかったり、祭りの日(ひ)をふれまわったのが、乞食(こじき)だったり、役人(やくにん)のつかい、はたまたナゾの神(かみ)だったりとか・・

そもそも
「今(いま)から祭りですよ〜」と謂(い)われて、ハイヨ〜とパパっと始(はじ)められるもんでしょうか?(笑)

琉球国(るーちゅーくく)が由来(ゆらい)らしいノロが祭りをとりしきってましたが、薩摩藩(さつまはん)はその影響力(えいきょうりょく)を無(な)くそうとしていた時代背景(じだいはいけい)を加味(かみ)して呼(よ)んでいただけると、新(あら)たな知見(ちけん)が得(え)られるかもしれません。 それから、琉球では干支(えと)でなく、旧暦(きゅうれき)の日付(ひづけ)で祭りをしえいたようです。

ちなみに
かつで歴史上(れきしじょう)、琉球王国(りゅうきゅうおうこく)とは呼(よ)ばれたことはありません。 なのに、なぜだか本土復帰(ほんどふっき)のときに生(う)まれた観光用(かんこうよう)の俗称(ぞくしょう)を、学芸員(がくげいいん)が用(もち)いるのか・・はなはだ疑問(ぎもん)なんですよね゛〜。 たぶん、なんとなくカッコイイから・・でしょ?(笑)


つぎは
戸森の線刻画(ともりのせんこくが)でシーズンを迎(むか)えるイボイモリにしようかと、あれこれ調(しら)べてま〜す。

 
posted by ぶん+ at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 島文化